旅行・地域

ユングフラウヨッホ

七月二十八日

今日は ベルナーオーバーランド 随一の景勝地 ユングフラウヨッホに出かける。少し雲があったが 家人は 今日行く といい 出かけることとした。

グリンデルワルドからは ユングフラウ鉄道の登山電車を途中で一回乗り換えて 行く。さすが 鉄道でのトップオブヨーロッパ(約3500メートルの高さ)に行くので 運賃も高く 往復 約一万円程。

途中のクライネシャイデックで電車を乗り換える。ここは もう 森林限界を超えているので 周りは荒地である。 すこし 霧がかかっているが 上は大丈夫かな?と思う。 しばらく 上るとアイガーグレッチャー駅につく、ここからは すべて トンネルである。 終点までに アイガーの北壁に窓をあけた 中間駅に 二カ所 五分間停車し 眺望が楽しめる。一カ所はグリンデルワルドの村が見えるはずだが 雲が多く 残念! もう一カ所はすぐ そばに 氷河が見えた。 中国人の観光客が 写真を撮ってくれ!などど 中国語で騒ぐ。うるさく 傍若無人で たちが悪い。 くらべて 日本人団体は 行儀がとても佳い。

頂上に着いた。 寒いので セーターの上にヤッケを着用。気温は零度前後だ。

駅からは アイスパレスなる 氷河をくりぬいた通路を歩く、上も下も氷で ところ どころに氷の彫刻が置いてある。 滑りそうなので 家人に気をつけるように言う。 が、最後の所で家人はマットにつまずいて 大転倒! 膝を打ってしまう。 困った人だ。

ここを抜け 空は快晴の銀世界の外に出る。 右がユングフラウ 左にメンヒ 中央前方に アルプス最大のアレッチ氷河 雄大にして感動の絶景である。 風がつよく 寒いが 気持ちがいい。高い運賃を払った甲斐がある。

ふたたび 内部のエレベータで さらに 高い スフインクスに昇る。 中央にガラス張りのサンルーム、周囲は 鋼製のバルコニーで囲まれている。 下を見ると怖い。メンヒを背景に私たちの写真を 中国人の一人旅?の女性に撮って貰う。 多謝、多謝。

ひととおり 巡って 下に降りる。 なぜだか 日本の郵便ポストがあるので 何も考えず葉書を三枚投函する。 あとで 切手を貼っていなかったことに気づく。 ロートホルンの絵はがきだったので しまったと思う。 が これが 後日そのまま 日本に届いた。 スイスポストに感謝。 家人がカレーの好い匂いを感じたらしく カレーライスを食べたいとぬかす。こんな所にカレーライスがあるわけがないので 辿ると インドそのままらしかった。

アイガーグレッチャーまで 帰り 昼食とする。 ソーセージのスープにサラダとパン そして私は恒例となった お昼のビール うまい! 家人は隣の外人の子供を観察していて その子が山のフル装備であるのに 驚いていた。 スイスの人は小さな時から すべてのスポーツのための 用具がちゃんとしている。

クライネシャイデックまで 花畑を歩く。 途中 ソニーの一眼レフを持ったカップルに出会い、 お互いを撮影する。 私のは キャノンと伝える。 あとで みたら ユングフラウが背景となっていて 良い記念となる。 私達が逆光で年齢不詳なのも好ましい。

宿にかえり 夕食は日本人観光案内所で買った 三個 千円のおむすびと スイス版カップヌードルで済ます。 でも 満足の一日だった。

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ブリエンツ ロート ホルン 鉄道

七月二十七日

今日も快晴

今日は ブリエンツまで ユングフラウ鉄道とスイス国鉄で行き、そこから 世界でもっとも急な坂道を登る 蒸気機関車でロートホルンに登る。

グリンデルワルドから インターラーケンオストまでは 二回目なので だいぶ様子が解かる。 インターラーケンからは 列車はブリエンツ湖に沿って走り ほどなく ブリエンツに到着。

ブリエンツロートホルン鉄道はなかなか人気らしく 大勢の人が乗車券をもとめて 駅は混雑していた。 外人が多い。 イギリスからの修学旅行らしい 女子高生もいる。日本人は見かけない。 やっと 順番がきて 乗車となったが あいにく 蒸気機関車でなく  ディーゼル機関車だ。客車は二両。まあいいかと乗ると最後の二人だ。 車内は 外人の女ばかりの三人の子供が 親子で行儀よく 座っている。 三、四歳くらいかなあ?可愛い。

かなりの急坂をゆっくり ゆっくり のぼっていく。 左手にブリエンツ湖がみえてくる。 座っていた外人の二番目の女の子が いつの間にか 母親の上に立ち上がって 窓にしがみついて 外を見ている。 ところどころ 線路にそって 人形の形をした 標識がある。

この子達は トレッキングのフル装備で 帰路は歩きだった。 家人が後ろから見ていて転ばなければ良いが、と思っていたら 二番目の女の子が転んで おお泣きしたらしい。

やく 一時間で 頂上の駅についた。 ここから やく 十分くらい歩いて ロートホルンの山頂に到着、 南に ユングフラウ アイガー メンヒが遠望でき 雄大な景色である。

ちょうど お昼になったので スイス国旗が掲げられた 山頂駅のカフェで 食事とする。なにをたべたのか 記憶にないが、 とても ビールがおいしかった。 ロートホルングッズを求め(帽子とTシャツ)て下山することとする。 帰路は待望の蒸気機関車であった。楽しい。

ブリエンツの町を散策 有名な木彫りとオルゴールの店 「ジョパン」により あまりにも高価なオルゴールに驚き 一番安い 木製のスプーン五本と牛の木彫刻を求める。

ブリエンツから インターラーケンオストまでの帰りは 湖をBLSの汽船に乗ることにする。 出発まで 時間があるので 船着場のベンチで休息。 いろいろな外人の子供がいて面白い。 一番 ちいさな 女の子が ちゃんと ドレスアップして 風車を持っている。うまく回らないので 振り回していたら 壊れたらしく それでも めげず 振り回していた。

大勢の人が 船着場に集まってきた。 満員である。 船は 初めての 古い 外輪船である。 1階が満員なので 二階にあがり 椅子に座る。 汽笛の音が大きくてびっくりする。 検札がきて 二階は一等らしい。下に下りる。座るところが無く 立ちんぼとなる。船は 湖のあっちこっちをジグザクに寄航してゆく。疲れたのでぐずぐずしていたら 外人のおばあさんと孫が席を譲ってくれた。申し訳ない。黄色いワンピースの小太りの孫が健康的である。記念撮影をする。袋のお土産をもって来ればよかった。 やっと インターラーケンオストに到着。すぐそこが 列車の駅だった。

宿に帰って 休憩の後 前のレストランで 焼き魚定食の夕食。 焼き鮭とぱさぱさの御飯、味噌汁だが 日本食はとてもおいしい。

 

 

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グりンデルワルドへ移動

七月二十六日

今日は ツェルマットからビスプまで コルナグラード鉄道の電車、 ビスプからシュピーツまで スイス国鉄 シュピーツからインターラーケンオストまで ドイツ国鉄の電車、インターラーケンオストからグリンデルワルドへは ユングフラウ鉄道と 四回乗換えで 移動の日。

十一時にホテルを出発することとして 昨日 見た山羊の行列を撮影しにゆくこととした。宿の主人に 山羊の行列は何時かと 山羊の絵(へたくそ)を見せて 聞くと 八時半から九時の間に ツェルマットのメインストリートを下ってくるらしい。 早速 出かけた。

商店街の南端に 街の教会があり ここで待つこととした。 しばらくすると 約50頭ぐらいの山羊の行列がやってきた。 先頭に赤い帽子とトレーナーの少年が引率、悪びれるでもなく 照れるでもなく たんたんと進んでゆく。 グッデンモルゲンと声を掛けたら「こんにちわ」と言ってくれた。 山羊のとぼけた 目つきも可愛い! 前後を十数枚、デジカメで撮影。 ツェルマット最終日の楽しい記念となる。

ホテルに帰り 荷物をまとめて フロントで宿の娘さんと記念撮影。 後でみたら 私より背が高かった。 女主人が名物の乗り心地のとても悪い 小さな 電気自動車で駅まで送ってくれた。

十一時半に駅を出発 乗り換えは不安であったけれど 各駅で現地の人に声をかけ 確認しつつ スケジュールどうりに グりンデルワルドに着いた。 昼食は車中で バナナとミネラルウォーターのみ。 ただ ドイツ国鉄はホームと車両との段差が大きくて、スーツケースの上げ下げに苦労した。

グリンデルワルドは ツェルマットより 一回りも双回りも 小さな町。 宿は駅から 三百メーターくらいで すぐに 着いた。 前のホテルよりも 小さくて 簡素である。

休息の後 町を散策 コープで 宿は夕食のレストランがないので ハンバーガーを買って夕食とする。でも 電気ポットを貸してくれたので 日本茶を楽しんだ。

宿の部屋からは アイガーの北壁が正面に見える。 眺めが雄大で感動!

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コルナグラード

七月二十五日

朝 おきると 昨日とうってかわって 家人がえらく 張り切っていた。 

なんでも ホテルの部屋のTVで コルナグラードの朝の景色を見て これは 「今日行かなきゃ!」 と思ったらしい。 で また トレッキングの服を着 リュックを背負って 出かけることとした。

コルナグラードへは ツェルマットの駅から 登山電車に乗って行く。 日本では 考えれられない 急勾配を ぐんぐん 上って 約 一時間でついた。 途中までは 森や林があるがリッフェルベルクからは 森林限界を超えて 荒野の世界となる。 天気は快晴、 雲ひとつ無く 左手にマッターホルンが見える。

コルナグラードはホテルと教会と駅があるだけで ほかには何も無い。 日本人の団体が多い。 スイスの名物犬である 大きな セントバーナードと一緒に記念撮影をしていた。撮影すると お金を取られそうなので 犬を写すのはやめた。 

リッフェルベルクが 遠くに見えるので 帰途はウォーキング ガラガラ道で 急だと 昨日痛めた膝が痛むが 辛抱して 歩き出した。 ここは 標識が ほかと違って わかりにくい。 少し 進むと 日本の女性が声をかけてきた。 大阪から一人旅らしく ほかの欧州の国をまわっているらしい。 逆さマッターホルンが見たいとのことで 一緒に歩き出す。

ところが 途中で 左に行けばよいところを 右にいってしまって ゆけども 逆さマッターホルンの池が見えない。 途中で 家人が アルペンマーモットを発見。 野生なので 動きがすばしこい! カメラを望遠に変え 構えて やっとのことで 撮影に成功する。 あとで 見てみて 虫眼鏡でみて やっと わかるほどであった。 ともあれ アルペンマーモットにあえて 感動。 そうこうしていたら 羊の群れにあい リッフェルベルクについてしまった。

誤ったコースを辿ってしまい 大阪の人に悪いことをした。

日本人団体の人に尋ねると 逆さマッターホルンの池は 左手で 登り 約 三、四十分らしい。仕方なく 再度 歩いてゆくこととした。 下りは楽チンだけど 登りはかなりしんどい。 途中で 日本人団体にかなり会う。おとなしくて 羊の群れみたいだ。

やっとのことで 逆さマッターホルンの池に到着。 絵葉書じゃ! 風が少しでもあると 漣が立って 逆さマッターホルンにはならないことを発見。 記念撮影をする。

リッフェルベルクで マッターホルンを眺めながら ソーセージとポテトフライ一皿とビールとコーラで昼食 美味快適。

昼過ぎ ホテルに帰って 明日はグリンデルワルドへ移動なので 荷物を整理する。 と家人が 長女から借りた帽子が無いと言い出し 荷物を再点検するも 見当たらない。昨日はフィルストだから ゴアテックスの黒い帽子だったと言う。 一昨日 「妙高」で 寿司を食ったとき 帽子を脱いだといい、「妙高」へいって 聞くも 担当者がいなくて わからないとのことで 再度電話して 聞くとのことで ホテルに帰ることとした。 途中で山羊の群れが街を歩くのに遭遇、少年が数人で山羊を統率している。 かわいらしい 珍しい風景である。 ホテルへの帰途 家人がいろいろ考えていて 帽子はスイス人のカップルとホテルのロビーで歓談したとき 脱いだ記憶があると言い、 マスターがいたので尋ねると、わからなかったけど ふと 棚を見て 帽子を発見! やれやれ!

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フィルスト

携帯の写真が うまく ブログに取り込めないので 当分 写真ぬきで ブログすることとしました。 取り込めるようになったら 追加で掲載します。

七月二十四日

スイスで どうしても 写真に撮りたかった エーデルワイスの花、 ホテル ベラ ビスタの娘さんに 昨日の夕方たずねたら フィルストには あるとのこと。 さらに どういったらいいか 問うと ツェルマットに街の 靴屋と花屋の間の路地を上がっていけば行けるとのことで 出かけることとした。 急かと問うと ここから見える 小屋 エーデルワイスという場所までは急だけど、そこから フィルストまでは そうでもないとのこと。

念願の花を求めて 出かけることとした。 たしかに エーデルワイズ小屋までは 急な坂道で 約300メートルくらいの高さがあり ここから 街が一望の場所であった。 途中に墓碑があり そこに 野生のエーデルワイズが自生していて やや やせた花を撮影し とりあえず これでよしとした。 小屋の前には 植栽のエーデルワイズがたくさん植えてあってこれも マクロレンズで撮影し 押さえとした。

再度 坂道をのぼりはじめたが ゆけども ゆけども のぼりばかりで 娘さんの話とちと違うと思いつつ 上へ 上へと進んで行った。 ところが 途中で 家人が 足がつって 歩けないと言い出し 仕方がないので 家人のリュックを持ってやり 励ましながら 進んだ。

とうとう 家人がもう歩けない 私はここで待っているので あなただけ フィルストのエーデルワイズを見ておいでと言い出した。 ここまできて 挫折するわけにゆかないので、 家人を叱りつけ そうこうしていたら 先に私たちを追い越して行った スイス人の女の人が 下ってきて フィルストまで あと 十分と言ってくれた。家人もこれを聞いて 少し元気を取り戻した。 

しばらく 歩くと スイスの国旗が見え、 そこが フィルストだった。

エーデルワイズは もうどうでも よくなって しまった。

三階建てくらいの小屋(泊まれる)があって そのほかには何にも無い。 ちょうど お昼になったので アップルケーキとアイスティーを 注文 なかなか美味であった。 家人はつかれきってしまい アイスティーのみを飲んでいた。休息していると 日本人の人が 声をかけてきた 七十歳 名古屋の人で 毎年スイスに来ているみたいだった。 ありとあらゆる スイスのハイキングコースを網羅しているみたいで いろいろ 教えてくれて これから上れば もっと きれいな景色が見えるとのことだったけど これ以上は 家人の体力的にも 無理と判断して 遠慮した。 ルフトハンザグループのマイルカードについても親切に教えてくれて 飛行機以外でも マイルがたまる方法をいろいろ教えてくれた。

名古屋の人はツェルマットから ここまで 別のルートで上ってきていて 途中はお花畑ばっかり とのこと だったので このルートで下山することとした。 ところが これも なかなかハードなコースで おりても おりても 街の家がマッチ箱状で 少しも 大きくならず大変であった。 幸い 家人は ストックをもって 下りは足がつらないらしく 約三時間半くらい かかって やっとのことで 街まで 下りて来た。 ただ 途中で 左にマッターホルン 右に モンテローザを一望する 景観を味あうことができ 達成感を得た。

降りたら カフェで飲もうと いって 街の カフェの外はいっぱいの人がいたので 店の中に入って ビールとコーラで今日一日を乾杯した。

ホテルで 夕食のとき 今日一日の行程を娘さんに 報告したら ユー アー ストロングと言われた。

疲れた。

明日の コルナグラードは 電車で行って 電車で帰ろうといって 眠りに着いた。

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ベルニナ急行

090803_093501 090803_093701 七月二十一日

朝 八時のベルニナ線 普通列車でティラーノへ向かう。

昨日 夕方 サン・モリッツの駅でベルニナ急行の指定券を求めたが 満席でアウト、 普通で行くこととなった。

が これが 大正解。 ベルニナ線は単線なので 時間は変わらないし、 客車の窓は開けられ、写真撮影が容易。 さらに 隣のスイス人夫妻が 沿線の景観ポイントを教えてくれ、さらには 高度計まで 持参していて 今の高さを教えてくれた。 ちょっと解らない 地中海と黒海との分水嶺まで 親切であった。

氷河、ウーゴ・ビアンコ、ブルージアのオープンループを経て あっという間に ティラーノ到着。

昼は 駅近くのカフェにて トマトのピザ とビール、 食後にピスタチオのアイスクリーム( 十五年前 イタリア旅行の折 アッシジでたべて 美味しかった 懐かしい味を求めて)を 食すも ともに期待はずれ、てか マジ 不味い。

帰りは当初 予約していた ベルニナ急行のパノラマ指定席で サン・モリッツへUターン。 客車はモダンで綺麗だったけど、行きの感動はなく、窓ガラスが反射して 写真の撮影も難しかった。 ベルニナ線は普通に限る。

サン・モリッツ駅到着後 街の中央へ タクシーで行き、 かって 女優 オードリー・ヘップバーンがチョコレートケーキを愛した店「ハンゼルマン」にて 日持ちする エンガディン特産のケーキを十個買う。 

帰途 バリーの店があったので 家人が希望していた ショルダーバッグ(黒)を購入。

三日目にして 初めて 波乱のない 旅の一日でした。 

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ウルスリの鈴

090803_094301 七月二十日

クールの宿で眠れない一夜を過ごした。

朝一番 日本のVISAカードオフィスに 携帯で電話を入れ、PINコードを確認し、やっと 今後の金策の目処が立ち、一安心。

朝の列車でクールを発ち、 グアルダへ向かった。

グアルダは絵本「ウルスリの鈴」で有名な エンガディン地方の古い村。 小高い丘の上にある。駅からは 小さなポストバスで上ってゆく。

村は端から端まで歩いても 約10分程度の こじんまりした 規模で 建物がスグラフィットという模様で飾られている。 ほとんどの建物が約300年以上経過していも 朽ちた印象がなく美しい。

もちろん絵本「ウルスリの鈴」の家もそのままの形で残っていた。鈴を購入。

昼食は村のカフェでサラダとスープ スープは肉と野菜でなかなか美味しかった。ただ 蠅が沢山いて閉口する。

村の中央には教会があり、隣に墓地があった。個々の墓には長方形に花が植えられていてとても綺麗だ、自分の墓がこのようであったら とても 幸せである。

昼食後 また 列車でポントレジーナに向かう。 ここで 今回の旅行で最高価格の買い物カリジェのリトグラフを求めた。緑を基調にした絵でとても気に入っている。 お盆の後には 額装がなって 我が家のリビングを飾る予定。

一日の予定がつつがなく終了し サン・モリッツに向かう。 列車にはまだ時間があったのでバスに乗ることにしたが これが とんでもない誤り、 サン・モリッツの駅ではなく 街の中央を経由して 駅と反対の方向にゆくバスに乗ってしまい、あわてて下車。運良く タクシーがいたので 駅までいくらか聞くと 30フランという、 20フランしか持ちあわせが無く 運転手に見せると(まあ 仕方ないか!)と言う態度で乗せてくれた。ベンツの豪華なタクシー。 やれやれ!

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LX 161

Photo 八月一日 無事 チューリッヒ空港より シュウタインボック二頭、羊二頭、牛一頭、アルペンマーモット二匹を引き連れて 成田空港へ帰国しました。

七月十九日

行きの機中で 最初の機内食がでで 食する頃から 思えば 家人がおかしくなりはじめました。 最初は あまり 食べたくなさそうで 沢山のこしました。 それから 胸がむかつく。

さらに しばらくして 頭ががんがんする。 で 後方のギャレーにいって カナリア諸島から小野田市の高校のスペイン語の教師と 話したら少し気がまぐれたらしく、 でも いつもの元気がない。 そのうち トイレで 吐いてくるといい、 吐いたらすこしは楽になるだろうとおもっていました。 が いっこうに 良くなる気配が無く、到着の時間ばかり気にして、何回もきくのでした。 とうとう、 ぐっったりしてしまう。 スイス到着の一時間前に なって 医者にゆきたいと 訴えたののです。ここで 新型インフルエンザを覚悟しました。 幸い 日本人の若い男のパーサーがいたので 事情を話 医者を紹介してもらうことににして 連絡をたのみ、加えて 歩くのも無理と判断して 車いすをお願いしました。 チューリッヒ空港と 迅速 的確な連絡をとってくれました。 

到着すると スイス人のスタッフが車いすとともに 迎えてくれ そのまま 入国審査もフリーパス状態で 広い空港の中を かなり あっちへこっちへと つれて 医務室へと 連れて行ってくれました。

これで 安心したのですが 私はこのまま 一週間は 病院泊まり、でも 二週間あるから四五日だけは スイス観光ができる。 半年かけれ 計画したのが ほとんど 水の泡になってしまった。哀しい気持ちでいっぱいでした。

医師は 英語しか 解らないので ヘッドエイクなど 片言と ゲロしたことを 身振りで訴えって 診察してもらいました。 家人の体温を測り 触診し 血液検査をしてくれました。結果をまつあいだ 新型インフルエンザの確信はますばかりです。

「アイカ」と医者がいい、最初は何のことかと 解らなかったのですが、 どうやら 高血圧による 体の不調らしく、 血圧を下げる薬を四種類ほど処方してくれ、最初は 高い場所にゆかなければ 数日たてば マッターホルンもユングフラウヨッホも大丈夫といってくれました。

こうして スイスへの旅が が始まりました。

ところが 医療費の支払いになって 問題が 再浮上しました。 VISAカードがスイスではピンコード(暗証番号)がないと通用しないのです。 日本式システムのサインでOKとばかり、おもって いたので こんどはお金で露頭に迷ってしまう。

なんとか 手持ちのスイスフランで 四万数千円支払って、 不安をかかえたまま クールへ 列車で向かいました。

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金持ちグッズ

090514_170601 090514_170701 コイン通の南端に位置する酒屋さん。金持ちグッズを売っている。メインは金持ち酒らしいけど飲んだことがないので どんな味なのかわからない。 店内には他のグッズもあって たとえば 郵便ポストのミニチュアの貯金箱が多種ある。 金持ちと郵便局のポストと貯金箱がどう結びつくのか解らない。 上の方には金持稲荷が在るみたいだけど あがってないので 詳細不明。

とにかく ご利益はあるみたいだ。

我が家には 招き猫の大きな貯金箱があるが お金がたまるペースが遅く 一生かかっても 金持ちになれそうもない! 

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たこ焼き

090514_170501 コイン通の東側 南の端に近い場所にある Bグルメの名店 「大八」

ここの たこ焼きはとても美味しい。 蛸も大きめで まわりの小麦粉との相性もとても良い。 最近 いろいろなバージョンをだしていて、たとえば ネギタコ とかあるがシンプルなたこ焼きが好みである。

この通には ほかに B級グルメの名店 として お好み焼き「田の九」

居酒屋「ねこまたぎ」があり 前者は五日市で一番おいしく 肉玉そばとすじ肉煮込みと生ビールが私のお気に入りである。 また 後者は 七月は飲み放題 食い放題で三千円のサービスメニューがあって ゴルフの打ち上げで 今月 三回行った。 料理もまずまずで、うまい。

どの店も 最初は一店舗しかなかったが いつの間にか 数店展開している。 みんなに人気があるのだろう。

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